〜中国語との比較研究における諸問題〜

 

文化・経済摩擦の国際化時代における配慮表現

日本語の「配慮表現」は外国人にとって「敬語表現」より難しい。
日本人の繊細な心遣いのこもった「配慮表現」「気遣いの美」でありながら、
反面、国際舞台での文化摩擦・経済摩擦を発生させる原因となることも少なくない。
中国語を母語として育った著者は、
「配慮表現」を現代日本語の重要な特色の一つとする立場から、
各種の調査に基づき、そのさまざまな様相や特徴的形式を整理・記述して、
体系化を試みる研究を行ってきた。
本書は「これからの日本語」「国際化時代の日本語」を考える上でも
重要な示唆を与えてくれるものである。

植田麦 『会報』第50号より抜粋(平成16年度大阪市立大学国語国文学会) 
配慮(あるいは気配り)は自覚的になされるものか。
わたし個人についていえば、それは無自覚なものである。
そのような意識にのぼらないものを細密に研究される氏の学究的態度に、まず感嘆される。
それぞれの論考は綿密をきわめた調査の上に立てられたもので、
それは一読すれば自ずと明らかである。
さらにかくある研究が彭飛氏本人の
「日本語の生活における挫折、困惑、苦悩、失敗、落胆、摩擦、悟り、発見、興奮、
感動から生まれた研究課題(62ページ)」に基づくものであることを理解したうえで読めば、
本書の価値が無味乾燥の調査報告などとは一線を画するものであることが理解されるだろう。
中国からやってきた一人の学徒が、いかにして学界を代表する研究者となったのか、
その20年の軌跡を追う楽しみも、本書には認められるのである。

 

出版社

和泉書院

定 価

13000円

刊行日

2004年2月10日

 

 

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