トンパ文字を訪ねて(続き)


〜納西(ナシ)族居住地での現地調査から〜
『言語』(大修館)1992年4月号より抜粋

トンバ文字とは? 〜 絵文字、象形文字、絵画文字


【例 1】
【例 2】

 トンパ文字をどんな文字ととらえるかはいままで諸説が出されているが、従来の説をまとめると、

(1)トンパ文字は象形文字である。

(2)そのなかでも図画文字から象形文字の世界に入ったばかりの段階にあり、図画文字と表意文字の間に位置する象形文字の符号体系である。

 しかし筆者は「象形文字」という用語だけではトンパ文字の本質を表し切っていないと考える。話をすすめるにあたって絵画的要素の強い象形文字を「絵画文字」、抽象性の強い象形文字を「象形文字」と定義しておこう。

 次に挙げる各点も単なるトンパ文字が「象形文字」とは言えない根拠である。

(1)トンパ文字は特に絵画性が強く、生き生きとした実物の絵そのもので、単純に「象形」とは言いがたい。[例1]の「ヤギ」はそれである。

(2)「音符」が語構成の上で重要な役割を果たしている。 特に「同音仮借字」は「象形」とは言えない。たとえば、「日本」を示す「トンパ文字」は四種類あるが、いずれも「表音文字」で、形は絵画でも象形の役割を果たさない。筆者はこれを「絵画音符」と呼んでいる([例2]を参照)。

 「絵画象形文字」という名称も最近よく使用されているが、上の二点目の問題をやはり解決できないなどの理由で、筆者はその名称の便用に慎重な態度を取っている。

 筆者はトンパ文字を「絵画文字」と位置付ける。しかし断っておきたいのはここでいう「絵画文字」とは「絵文字」とは異なるということである。日本の「絵文字」の概念では広く「トイレ」などのマークなど、文字と言えないものをも「絵文字」と呼んでいるし、文字の前身の絵も「絵文字」と見なされている。私見では「絵画文字」は「絵文字」より絵画としての完成度が高く、かつより系統的なものであり、「絵文字」は文字にまで成長し切っていない段階のもので、「絵画文字」の前身とも考えられる。

 筆者は文字の変化過程には次の可能性があると考えている。原始の絵文字、古代刻劃符号などから、一つはより高度な絵画の方向への発展(絵画文字)があり、もう一つは、より抽象的な象形文字の方向への発展があったのではないだろうか。雲南の傳教授もかつてトンパ文字を「絵画文字」と名付けた。しかし、教授はトンパ文字(絵画文字)を原始の絵文字と象形文字の間に位置付けたのであった。

 筆者はトンパ文字が象形文字の前身とは考えない。金文→商周銅器文字→商周の甲骨文→陶文など、もっと遡ってみても、いままでトンパ文字のような高度な絵画性の文字があった報告はない。おそらくそのようなものは有り得なかったであろう。トンパ文字からは、もちろん幼稚、素朴さ、原始の絵文字の跡も覗かれるが、一方、高度、豪華な絵画性も見られる〜これこそ、原始の絵文字との相違点であり、熟した絵文字とも言える。


 絵画と絵画文字 
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