トンパ文字を訪ねて(続き)


〜納西(ナシ)族居住地での現地調査から〜
『言語』(大修館)1992年4月号より抜粋

トンパ文字の構造(1)

 トンパ文字は言語を記録するものであるから、全体からいえば「表語文字」、あるいは「表意音文字」と呼ぶべきである。しかし、「納西音」を「トンパ文字」で記録する方法(手段)としては「表意」「表意音」「表音」の三類に分けられると考えられる。

 トンパ文字は、「音符」の有無によって、(A)群と(B)群に二分できる。(B)群は「音符」を有するもの、(A)群は「音符」のないものを指す。(A)群は「表意文字」である。(B)群には「表意音文字」「表音文字」がある。

 「表意文字」とは文字の字面上、意味だけを表すもの、表現したいことが一見してわかる文字を指す。「表意音文字」とは字面上意味と音の両方を示す文字を指す。「表音文字」は音だけを示す文字を指す。次に用例を解説しながら、その相違を検討してみたい。

【表意文字】

(1)「表意」のトンパ文字には単体字と合体字がある。合体字には単純な合体字(2つか2つ以上の同じ文字を重複させたもの)、複雑な合体字(2つか2つ以上の異なった文字を重ねるもの)がある。【例6】から【例9】までいずれも複雑な合体字である。

(2)音符が意味を兼ねるトンパ文字もある。これも「表意文字」とする。【例10から【例12】

(3)つけてもつけなくてもよい音符を有するトンパ文字。
  「音符」をつける場合も、つけない場合と同様、造語の成分とならない、またその語の意味変化を引き起こさない。 「音符」はその語を読むための補助符号である。「音符」をつけない場合は「表意文字」とするが、音符をつける場合、これは「表意文字」とは言いにくい。また「表意音文字」とも言えない。筆者はこれを「表意文字」と「表意音文字」の間の文字とする。【例13】から【例21】

 初期の「トンパ文字」は完全な表意文字であるため、「音符」をつけなかったと筆者は考えている。読むのを容易にするため、より多くの文字を増やし、造語機能を満たすために、「音符」を必要とし、導入したのであろう。

【例 3】
「馬」 単体字。
【例 4】
「虎」 単体字。
【例 5】
「森林」 単純な合体字。
【例 6】
「心を刺す」「悲しむ」「偲ぶ」
心臓と刺。
【例 7】
「針と糸」
【例 8】
「返済する」「返金する」
物入れの桝に粟を入れる図。
この粟は「債」にたとえられた。
【例 9】
「薬草と毒草を分ける」
【例 10】
「成育」「変化」
音符の役割を果たし、「蛙」と「よもぎ」を比喩物とする。
【例 11】
「もたれる」
「松」と「もたれる」は同様の発音。「松」は単なる音符ではなく、意味も示す。トンパ経典には人を殺す前にまず後ろの木(たよりになるもの)を倒すという 記述もある。
【例 12】
「うやうやしく人にお願いする」
手にする「胆」は音符のみならず、「本当の心」(本心)をも示す。
【例 13】
「机」
上は音符。
【例 14】
「寝る」「横になる」
右は音符。
【例 15】
「太る」
右は音符。
【例 16】
「本」
上は音符。
【例 17】
「トンパ」
右は音符。
【例 18】
「爆発」「地下爆発」
右は音符。
【例 19】
「霜」
右上の音符は「白」を意味し、霜の性質を明確にする。
【例 20】
「熱いスープ」
お椀の中の音符は気流を示す。
   
【例 21】
「太陽の光」
納西語では足と光の発音は
同様である。
   

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